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旧清内路村の概要

長野県の南部、下伊那郡の西端にあり、東は飯田市南及び西は阿智村、北は木曽郡南木曽町に接し、東西9.1km、南北9.3kmでほぼ菱形に近い形をしています。
海抜は640mから1,636mで、中央アルプス南部に位置し、北方に兀岳(海抜1,636m)、東方には高鳥屋山(海抜1,398m)、西方は恵那山系に囲まれています。
交通は村をほぼ南北に国道256号線(中津川、茅野線)が走り、これを基幹として道路網の整備が進んでいます。
<平成28年2月1日現在>
【人口】586人(男289人 女297人)
【世帯数】231戸
【高齢化率】39.07%

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清内路観光情報・みどころ

小黒川のみずなら

樹高18.2m、幹回り7.25m、樹齢は推定300年余。平成8年、国の天然記念物に指定されました。大地に力強く根を張ったその姿は、訪れる多くの人の心をとらえます。

一番清水

清内路は、多くの清水が湧き出ていることで有名です。
中でもこの一番清水は、県内外を問わず多くのファンが訪れています。
その他、隠れ清水が沢山あります。

花桃

ドイツから南木曽町、そして清内路へと運ばれたこの花桃を清内路の住民が少しづつ増やし、ここか ら全国へと広めてきました。
現在では、県内外で3色に咲き分けた清内路産の花桃が咲いています。

手作り花火

享保16年、諏訪神社社堂の再建を祝って奉納して以来、飢饉の年も戦中戦後の混乱の中でも決して途絶えることなく300年近く続く伝統の花火。住民が火薬から製造する全国でも唯一の花火。平成4年に県の無形民俗文化財に指定。1998年長野オリンピック閉会式のフィナーレを飾った。

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清内路データ

●面積

44.16K㎡
標高(阿智村役場清内路支所)763m

清内路の歴史

明治維新前は徳川氏の直領(天領)で、美濃の国久々里代官千村平右エ門の支配下にありました。
明治元年名古屋藩取締となり、同2年には伊那県直轄になっています。
明治8年には隣接する村と合併して米川村となりましたが、明治13年に独立しています。
明治18年山本村他4ケ村と合併した後明治22年に分離し、平成元年には村政100周年、平成21年には村制120周年を迎えています。平成21年3月31日に阿智村と合併し、清内路村はその歴史に幕を降ろしました。

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